アメリカで働くには:大学院留学経由編

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UCSB Kohn Hall カブリ理論物理学研究所前

 春学期の期末試験が終わりPhD1年目のCourseworkをすべて終えました。今学期はResearchも忙しくCourseworkとのバランスをとるの精一杯でブログを全く更新できませんでした。写真に写っているのはカブリ理論物理学研究所で、東大にあるカブリ数物連携宇宙機構と共同研究をしていると思い込んでいたのですが、どちらも米国カブリ財団によって設立された研究機関で直接的な関係はないみたいです。天気が良い日はこの研究所の向かいにある駐車場の最上階まで登って海の景色を眺めたりしています。

 前回の記事アメリカで働くには:大学留学経由編 - アメリカ大学院でPhDを目指すでは、アメリカの大学に留学して卒業後にシリコンバレーの企業で働いている友人を例に書きました。F1ビザのOPT制度を使って最大三年(STEM分野の学位を持つ場合のみ)までアメリカの企業で働きながら、その間にH1-Bビザや永住権(グリーンカード)を申請するケースはかなり普遍的です。

 しかしアメリカの大学へ留学するにはやはり経済的なハードルが立ちはだかります。例として州立大学であるUniversity of California, Berkeleyは2019年現在で年間授業料(健康保険など諸費用含む)で約4万ドル(留学生)[1]、Massachusetts Institute of Technologyの2019年の年間授業料は約5万ドル[2]です。日本の国立大学の年間授業料の10倍近くにも達していて、私立理系と比較した場合は倍以上になっています。授業料に加えてリビングコストである住宅費用や食費などを考慮すると年間6万、7万ドルを用意しないとアメリカ大学留学は実現できないということになってしまいます。大学または政府機関、財団などから給付型の奨学金を獲得するなどして留学資金の目処を立てることで経済面のハードルを下げることは可能です。近年では日本政府が積極的に給付型の奨学金の拡充を実施しているようで、私の身の周りでは、

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の制度を利用して留学に来ている学生が増えているような気がします。 

 一方で、大学院留学で博士号取得を目指す場合は、欧米大学院における博士課程の学生の待遇 - アメリカ大学院でPhDを目指すで書いたように、多くの場合は授業料免除+生活費支給の経済支援を受けることができます。また、給料の額を雇ってくれている教授先生と交渉して昇給してもらうことも可能という事例をいくつか聞きました。少なくとも経済的なハードルに関してはアメリカの大学院留学は大学留学よりかなり軽減されています。

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 アメリカの大学院を卒業して晴れて博士号または修士号を取得した後にもアメリカに居続ける場合はF1ビザのOPT制度で企業で働くか、またはアカデミアを目指してポスドクのポジションを得て働くかなどの道があります。ここで注意が必要なのはJビザでポスドクをした場合、二年ルール(Two Year Rule)[3]に引っかかるケースがあり、アメリカの大学で教職を得たいのにポスドク終了後にアメリカ以外の国で二年間生活しないといけなくなるという制限があります。私が今いる研究室の香港出身の博士卒業生はポスドクの時に二年ルールに引っかかってしまったために、その後アメリカ国外で研究員をしてまたアメリカの大学で教職を探すのに大変な苦労をしたと聞きました。私の知り合いの日本人の研究者の方もアメリカでポスドクした時に二年ルールが適用され、ポスドク後はスイスの機関で研究をしていました。ビザの現在のステータスや今後発生しうる制限と自分のキャリアプランと適合するかは詳細にチェックする必要があり、場合によっては移民弁護士に相談するなどして不必要な帰国が発生しないように注意したほうが良いと考えられます。身近に日系の弁護士がいなくても絶対数が多い中国系などの弁護士に頼るなどしてビザステータスに問題が出ないようにしておくと安心な留学生活につながります。

 Industryに進む場合はH1-Bビザで就労するケースが大半を占めますが、このビザの抽選においてアメリカの大学院で博士号または修士号を取得した人に対しては専用の枠が用意されます。ほかの人に比較して「アメリカの大学院」で博士号または修士号を取得した人は抽選に当たりやすいと言われています。移民弁護士のセミナーを聴講した時は特にこの「アメリカの大学院で」ということを強調していました。イギリスのオックスフォード大学からの博士号を持っていても、この枠には適用されないとのことでした。同じ大学でComputre Scienceの修士号を取得してFacebookに就職した友人はH1-Bの抽選にあっさり当たって楽だったという話をこの前聞いたところでした。H1-Bの抽選枠は政策の影響をも受けて年々変動していますが、アメリカの大学院で博士号または修士号を取得した場合は抽選はずれて一時出国を強いられる可能性が低くなると考えても差し支えないと思います。

 2019年現在では、アメリカと中国の貿易摩擦によって、中国人留学生へのビザ発給が厳しくなる一方と言われています。私の留学ビザは博士取得までの5年間有効ですが、同時期に入学した(2019年9月)中国人留学生は1年しか有効期間を与えられていません。最近では中国人留学生へのビザ発行が拒否されるなど、これまでアメリカ留学生の多くを占めていた中国人留学生がアメリカ留学に来ることが難しくなっています。一時的な状況に過ぎない可能性もありますが、日本人学生にとって入学の合否を争うライバルが突然激減した現在はアメリカ大学院へ留学する良いチャンスなのかもしれません。

 アメリカの大学院に学位留学して博士号または修士号を取得した場合は、アメリカで働く上でいくつかのアドバンテージをもたらすと考えられます。経済面でのハードルが大学留学より下がることも然ることながら、労働ビザの抽選で有利になったりするなどキャリアの選択も広がります。ビザステータスを維持して学位を取得することが大前提なので、不明なことがあれば大学の留学支援課や移民弁護士に相談するなどして、アメリカの生活を安定させることが重要となります。

 

[1] Fee Schedule | Office of the Registrar

[2] Tuition & fees | MIT Registrar

[3] J-1ビザと2年間の海外生活条件